備忘録&雑記

高校の部活の話

私は、高校3年間、漫画研究部に所属していました。

漫画研究部と言っても、漫画の論評をするわけではなく、普段は週1回おしゃべりして、月1回部誌を発行していました。部員は毎年2~3人程度でした。

部誌の内容はイラストだったりエッセイ漫画だったり、いろいろです。絵の上手い下手もいろいろです。部員の部外のお友達も原稿を寄稿したりしていました。部誌は基本的に部員+寄稿者+部室保管用のみの発行でした。

学校の文化祭では部誌を配布していました。最初は無料で配布していたのですが、無料配布だと読んだ後、その辺に捨てたりする人がいたので、有料配布(当時は100円)に変更しました。

また、文化祭では、部員が持ち寄ったアニメのポスターを無料配布したり、部員たちが描いたイラストボードを100円で販売したりしていました」。

そんな漫画研究部ですが、年1回、大きな大会がありました。それは「まんが甲子園」です。

まんが甲子園 – Wikipedia

一度だけ、三菱電機賞を受賞しました。

まんが甲子園の時期は、出場権を得るための課題の提出があり、ネタ出しに一番時間がかかりました。ネタ出しの時期には、顧問の先生以外にも漫画が好きな先生にネタを見てもらってアドバイスをもらったりしていました。ネタが確定した後は、原稿作成は順調に進みました。

私はネタは採用されたことはあるのですが、まんが甲子園本選のある高知には
行けませんでした。

3年生引退後、私は部長になりました。私の代は、私を含めて2名だったのですが、もう一人がいわゆる不思議ちゃんだったため、否応なしに、部長になる羽目になりました。そういう器ではないのですが……。

高校2年の後半からメンタル面の不調で学校を休みがちになり、後で知ったのですが、後輩から不信感を抱かれていたようです。

私の代でのまんが甲子園予選の時に、私の今までの言動が原因で、後輩達と亀裂が入りました。

なんとかしようと、後輩達にメモに私の意見を書いたうえで、そのメモを渡して、意見を書いてもらいました。ショックなことばかりが書いてありました。

私の代のもう一人の子が、一つ上の代の部長に連絡し、学校に来ました。

先代の部長から一言、「まんが甲子園行きたくないの?」行きたいに決まっています。

先代の部長が他の子達と何か会話したのかは分かりませんが、なんとなく解決はしました。ぎすぎすした空気は残ったまま。

その年はまんが甲子園の本選には行けませんでした。

私の漫画研究部生活はこれで終わりました。それでも、卒業式の時には、プレゼントや色紙を頂きました。

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